コロラドの時々日記

トランスフォーマーを中心にアメコミの事を載せたりするブログ

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#81がついに!

http://www.tfw2005.com/transformers-news/comics-16/simon-furman-transformers-81-interview-172263/

TFW2005にマーベル版の続きであるトランスフォーマーズ#81のインタビュー記事が載っているので
さらっと訳してみる


・この物語は「全ての戦いを終わらせる戦い」と呼ばれる。
・製作チームはアンディ・スクミド(Andy Schmidt)とサイモン・ファーマン、アンドリュー・ワイルドマンだ。
・物語は#80の話が終わって20年後(つまり現在だ)から始まり、地球は平和になっている。
 しかしオートボットが防衛網を開いた時、地球に危機がもたらされる。
・この話では中心人物に焦点を当てて描くつもりだ
・オプティマスはホットロッドを指導している。
 オプティマスはホットロッドの内に他のオートボットには見られない可能性を見ているのだ。
・物語は1アークで構成される。ただ、売り上げが良ければ続きもあるだろう。
・もし物語が続くなら、G2へと続く要素を散りばめていきたい


とりあえずマーベル版が好きな人はマストバイ、
そうでなくてもIDWでファーマンの話を読んでいる人は是非買うべきだと思う。
ところで、#81っていつ出るんだろう(最近プレビューズをとってない)

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先週の和歌山行き

先週15日は和歌山まで小旅行に出掛けてきたのでそのまとめ的なものを。

出発は朝の7:44。
鶴橋には8:20頃について、天王寺には8:40に到着。
それなのにJR和歌山駅についたのは10:09と言う辺りに遠さを感じる…
車窓からの眺めは大阪近くはともかく、山地に入ってからは渓谷橋があったり見事な段々畑があったりで中々楽しい。

そして10時過ぎに到着した後はバトルブレイクの話をしながら地元のおもちゃ屋さんへと連れて行ってもらう。
眼福と言う言葉が相応しいぐらい年代物の面白いおもちゃが揃ってるけど持ち合わせが無く、
とりあえず後回しという事に。
その後は昼食を挟みつつ地元のリサイクルショップをめぐらせてもらうことに。

和歌山
↑とりあえずリサイクルショップなどで購入したもの。
実は値段と大きさが釣り合っていなかったりする。
タートルズは実はほとんど知識がないけど、見た目に惚れたので購入。
エイリアンは買えて嬉しいけど裏面を見るとパック1、3の方が魅力的な中身だと言うジレンマ。

昼食は地元和歌山の「薩摩ラーメン」にて取る。
750円の四天王ラーメンに100円ご飯を付けて850円。
とんこつだしに恐ろしく分厚い(抜くと200円も引いてくれる)チャーシューが2枚と大量のキャベツ、ニラが入った独特の味。
チャーシューは味が芯までは浸み込んでないけど、それが気にならないぐらい分厚い…
写真を撮るのを忘れたので残念ながらラーメンは無し。

そしてその後友人のお宅へお邪魔させていただいた後、和歌山マリーナシティへと
2011-05-15 15.57.15
2011-05-15 15.57.21
ポルトヨーロッパと言う園内の名前の通り、非常にヨーロッパ風の装丁。
この風貌はイタリアかポルトガルなのかなあと思うけど、まったく知識がないので不明。
なんか安いロケぐらいなら撮れそうな雰囲気が良い。
ただ駐車料金1000円は高い気もする。
こういうところでは普通なんだろうか。


そして園内でやっていた(円谷の方の)ウルトラマンの展示を見に行く事に。
入場料金は500円也。
2011-05-15 16.42.16


正直なところ、そこまで詳しいわけではないけど、とにかく展示内容が素晴らしい。
2011-05-15 16.01.37
このような脚本や絵コンテの原版に加えて

2011-05-15 16.33.01
2011-05-15 16.33.09
本当に使用されたらしいプロップが展示されている辺りが非常に楽しかった。
500円と言う入場料金と一応遊園地内と言う場所から、
内容がないんだろうなあと予想してただけに見事に良い方向へ裏切られた感じ。
あと実際のチャックつきの着ぐるみを見る事が出来たのも嬉しい。
くたくた具合が「ああ、撮影で使ったんだなあ」と言う感慨を浮かばせてくれる。

この後は地元のトイざらすにてメガトロンを買い、
レゴスターウォーズやアトランティス、キングダムを良いなあと眺めた後、夕飯を食べて帰路へと。
20時12分に乗って10時過ぎに帰るはずが、天王寺駅から環状線を外回りで乗ってしまい40分のタイムロス。
最後の最後でドッと疲れてしまった…
でも海が見れただけで満足です。

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コマ切れ日記

一つ一つだと短すぎるようなネタがたまってきたので
そういうネタを集めるスタイルを堂々と盗んでみる


・TFジェネレーション2011
TFジェネレーションはムービートイの全リストが載ってる時だけ買っているのだけど、
今回はサイモン・ファーマンが脚本を書きおろしたコミックが掲載されているので楽しみに読んでみた。

読んだ結果として
話の方があまり面白くなかった事はともかく、なんとなく翻訳に不満を持ってしまった。
どこがどう悪いとは言いづらいのだけどなんか不満を持ってしまった。
読んだ後に「これ訳したの誰だろう?」とか思ってページを戻すと翻訳者は石川裕人さん。

なんかこう文句を付けるのもおこがましいと言うか20年以上早い人に文句を付けてしまってどうしよう…と言う気分
本当になんで微妙に感じたのだろう


・DOTMことダークオブザムーンについて思う事
TFネタの続き。
さて、もうすぐ映画3が公開はされないものの、
おもちゃの第1弾(Waveって言うと少し専門用語っぽくなってカッコイイ)が発売されるわけですが
これをダシに映画1と2の感想とか思い出についてぐだぐだ書いてみようと思った。

とりあえず第1作目の思い出
正直な話、TFにおいてはおもちゃ>コミック>映像媒体な優先順位を付けているわけですが、
珍しく映像を物凄く気に入った映画。
日本ではおもちゃ第1弾は6月2日に発売されたわけですが、あまりに楽しみすぎて待ちきれず
5月中旬に輸入版のプレビューフィギュアを買いに走り、開封して素晴らしいディティールに感動したのが印象深い。

※プレビューフィギュア:スターウォーズのEP2から導入された販促(のはず)
「プレビューフィギュアが出る」とだけ知らされ、店に行って始めてどんなフィギュアかがわかり、
さらに映画で主になるキャラクターもわかると言うシステム。
映画1では隕石モードのオプティマスとスタスク、2ではサウンドウェーブと新バンボビーが発売された。

そして6月2日に買い、7月14日に買い、オートモーフやディティールに感動しながら延々と遊んだ果て、
期待値が絶好調の中、1ヶ月遅れの8月4日に映画が公開されて見に行ったわけです。
出来は他の感想サイトを見ればわかる通り、あまりいい意味ではない典型的ハリウッド映画なわけですが、
それであってもCGの出来とアクションは素晴らしく4回見に行きました。
流石に10月になると衰えるわけですが、それでも8月9月と盛り上がりのまま過ごしておりました。


で、2作目のリベンジオブザフォールン。
正直こっち側にはあんまり良い思い出は無く…
映画の方はキャラをほとんど活躍させない1作目の悪い癖だけを見事に引き継いだ、
見所はデモリッシャーの上海破壊シーンぐらいの酷い作品。
玩具の方は見た目は良くなったものの、マイ伝以前の悪い癖(こっちもか)が復活。
見た目を良くするだけのパネルの折りたたみや部品の移動が無駄に多く、
この傾向はサイズが大きくなればなるほどひどくなり、
リーダーサイズのオプティマスやジェットファイヤに至ってはジョイントがまともに嵌らず、
ビークルに変形させようと思うと左右のジョイント穴でシーソーゲームを楽しませてくれる素敵仕様。
見た目は文句無しなだけにこういう面倒なだけの欠陥に恐ろしく萎えさせられ、
1作目のオプティマス(見た目は似てないけどおもちゃとして傑作)を引っ張り出していた記憶が。

ただ、この感覚って映画公開までの期間とかも関係しているように思う。
1作目は6月2日(5月中旬)から8月4日まで、丸々2ヶ月空いていたわけだけど
2作目は5月末から6月19日で3週間程度。
2ヶ月間の間、おもちゃで遊び続けて期待を高めた結果の1と
高める暇もなかった2では評価に違いが出るのも当然と言えば当然…なのかなあ。

と言うわけでショックウェーブも登場する映画3ことDOTMには期待しております。


・唐突にウォッチメンのオチについて
本当に唐突に自分の思うウォッチメンのオチを書いてみようと思う。
オチと言うか、イカと最後のマンハッタンの言葉の解釈なわけですが。

イカことNY爆破の件は「いろんな人が集まってきていて助け合いの気持ちを強めていたのを吹っ飛ばした」
と言う解釈をわりと見るのですが
(見ていなくても見ると言うことにしておいて欲しい)
個人的にはこれ、まったく正反対だと思うわけです。
吹っ飛ばされる前のNYでの助け合いは紀元前から現代まで世界中の各地でどこでもあったであろう出来事なわけですよ。
でもなんの解決にもなっておらず、ウォッチメン作中のような状態になってしまった。

つまりあの場面は
「これまで何千何億の回数繰り返された誰でも持ってる、平和には程遠い助け合いの感情」を
「史上初の世界一の天才が1人で理屈だけで考えた平和に最も近い計画」
と言う対比の元に吹っ飛ばす皮肉に溢れた場面なんじゃないかなあと。

で、この皮肉は最後のマンハッタンの言葉で皮肉に返されると言うか
オジマンディアスの作った平和は(オジーが生きている間かどうかはともかく)
いつか崩れて同じ事が必要になると宣言されてしまい、
平和を作り上げられる天才であっても人間の根っこそのものは変えられない、と言うツッコミを受けるわけです。
この事が最終ページで1度0時になった最終時計が
裏表紙にて少し進んでいる事の回答にもなるのではないかと思うのですが、如何か。

と言う解釈を披露してみたところで終わる。

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タイムシップを読む

ジーリー・クロニクルで有名なスティーブン・バクスターによる、
HGウェルズの書いた「タイムマシン」の二次創作作品。
遺族の許可を得てちゃんと出版社から発行されてるけど、まあ二次創作ではある。
でも史上最高の二次創作と個人的には呼びたい。

あらすじはこのような感じ
西暦で数えると80万年頃の世界で出会った人類の変種であるウィーナと言う少女は
同じく人類の変種であるモーロックによって連れ去られてしまった(ここまでがタイムマシンの内容)。
そして現代へと帰った後、未来での体験談を友人達に話した事で時間旅行者は
再び1890年から80万年へと行き、ウィーナを助け出す事を決意する。
しかし時間旅行者が次に到着した未来はかつてとはまったく違うものになっていた……


タイムシップのキーポイントは、原作であるタイムマシンで見事にスルーされていたタイムパラドックスを
物語の中心に描いたところにある(と後書きに書かれている)。
しかし個人的に序盤のハイライトに推したいのはこのタイムパラドックスに気付く事になる経緯。
基本的にこういう歴史が書き変えられてしまう(と登場人物が考える)時間旅行物だと、
「正しい歴史を守るために~」と言う展開になる事が多いのに、
この時間旅行者は「歴史を変えてしまう事で生まれる前の命を殺してしまう」と考え、
タイムマシンを史上最悪の殺戮機械であり、だからこそ昔の自分に開発させてはいけないと行動に移す。
(上に書いたよくある展開と結論は一緒な辺りがもう1つの面白みであると思う)

そして64万年を再び過去の自分であるモーゼス(と便宜上呼ばれている)にタイムマシンを作らないように宣言するが
その事でまた新しい可能性が作られて、再び新しい歴史が出来てしまった事、
新しい1938年で思索の場と、ネボジプフェルと言う新しい未来での人類からの助言を得た事で
時間旅行者は時間が書きかえられない、
つまりこれまたよくある「過去で何かをしても新しく分岐するだけ」と言う平行宇宙観へと移動する事になる。
さらに時間旅行者の残したメモを調べて作られた1938年製タイムマシンによって歴史は分岐に分岐を重ねる事になる。

その分岐のおしまいとして、1938年で時間旅行者が出会ったクルト・ゲーデルの提唱した「最終世界」が実現する。
最終世界は時間的にも空間的にも無限大の広さを持っていて、全ての物事が解釈された文明の最終形態を具現化したような場所。
無限の過去から存在しているからどの歴史よりも古いし、無限の未来まで存在しているからどの歴史よりも長続きをする。
しかしそんな世界の完全さに時間旅行者は耐えられず、人間としてもう一度行動を起こしたいを願う。

この物語の特徴とも言えるのは何度も繰り返し登場する人間の定義の広さ、そして素晴らしさと不完全さ。
80万年後にいた退行した人間であるエロイとモーロックも人間であると言われ、
64万年後にいた卓越した知性と技術を持つモーロック(風の種族)も人間であると言われ、
新しい20世紀にいたナノマシンの集合体である金属ピラミッド、普遍建設者も人間であると言われる。
そこにあるのは人間と言う言葉の定義の拡大であり、ホモ・サピエンスの狭義化じゃないだろうか。

また、作中において64世紀モーロックであるネボジプフェルは、
作中用語としての人間の第一義と第二義をわざと混同するかのような話し方を時折行う。
時間旅行者が主人公である理由は
19世紀の科学用語や理解において多世界解釈や技術レベルを説明させるためとされているが、
このような(狭義の)人間的モラル感を読者と共有し、
それとは相容れない状況や物事の考え方における居心地の悪さを感じさせる事も目的なのではないかと思う。
そしてその居心地の悪さ、視点の変更こそが個人的にはSFの醍醐味、センスオブワンダーだと思っている。

次に人間の素晴らしさについて何度も何度も強調されている部分においては
非常に(個人的に考える)イギリス人の書き方そのもの。
必要以上に素晴らしさを描き出すわけでもなく、悪さを必要以上に描いてこき下ろすわけでもなく、
なおかつ読み手を誘導しやすい感情論にも陥らずに、でも皮肉は入れて描くのはやはりイギリス人であると思う。
それが最もよく現れているのは最終世界以降の展開。
文明の理想系とも言える状態に居心地が悪くなり、不完全な現実を望む様子。
自ら考え、行動する事によって周りを動かし、ひいては世の中を動かせる場面。
学ぶ事によって偏見を越え、自分の中にあった恐怖も押し殺せるようになるところ。
なんかこう具体的に抜き出すと物凄く平凡な描写に見えるけれども
この全てを時間旅行者と言う同じ人物が行っているのは、やはりバランス感覚に優れた描き方であると思う。

ついでにこの皮肉さを交えたイギリス人な描写は他にも見受ける事が出来る。
世界解釈において、作中で多世界解釈になった時点で「物事をタイムマシンで変えても何の意味もない」と考えられるけども
未来永劫無限に続く最終世界が見つかった時点で
それ以外の全ての可能性は数万年とか数百億年と言う短期間で消え去れる泡沫の夢でしかなくなる。
つまりこれは歴史改変物の基本である「正しい歴史」が理路整然として頑健に存在すると言う描写なのだろうけど
最後の最後で時間旅行者はタイムマシンを無意味なものとして見なし、
鋤や鍬に作り変えた上で歴史の筋道に新しい可能性を作り出す。


最後に1つ気になる点について。
1870年から1938年へと一度時間旅行者は連れて行かれるわけだけど、
過去へ行くごとに歴史が新しく分岐するのなら、
イギリス陸軍が到着した1938年は出発した1938年とは別物になっているのではないだろうか。


総評として
とりあえず一言で言えば素晴らしい作品。
バクスターらしい大スケールの物語と描写がありながらも
ジーリーシリーズほど人を突き放した感じになっていない時点で素晴らしい。
(ちなみにタイムシップで使ったギミックは別視点でジーリーでも使われている)
19世紀の技術レベルで20世紀の技術を説明する試みがされているので複雑な用語などが出てきても
親切かつ丁寧に説明がされていてわかりやすいのもSFとしては人に勧めやすく長所と言える。
そして原作となるタイムマシンでの本当のテーマである社会批判を引き継ぎ、
バクスター流に料理しているところは原作に対する敬意が表されていると思う。
様々な点から個人的オールタイムベストの作品。

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